2010年05月12日

理数系のピアノ

Category : 音楽的資料 


アマゾンで妙にオススメされ続けていた金子一朗さんの「挑戦するピアニスト 独学の流儀」を読みました。金子一朗さんの本業は早稲田中・高等学校の数学の先生。でも2005年、42才の時にピティナ・ピアノコンペティションのソロ部門・特級グランプリを受賞。それ以来数々のオーケストラと共演し、ソロリサイタルを開き、CDを発表しているという異色のピアニスト。

読む前からある程度予想はしてたんですが、ちょっと理性が勝ち過ぎてる気がします。この方の演奏は、自然の風景のあるがままの美しさではなくて、人工的に作られた庭園の美しさじゃないかしら、なんて思ってしまう…
なーんて、今まで全然聴いたことがないのに、そんなこと言っちゃいけないんですが。
それでもやっぱり、こういうのが理数系の人のピアノなんでしょうね。本業が忙しいから、効率のいい練習方法を編み出す必要があったというのはよく分かるし、例えば、楽曲分析は自分の感覚で感じたものが正しいことを裏付けつつ、直感では気がつかないようなことを発見する手段であり、しかも暗譜する時にも有効、というのはよく分かるんですが… ここまで数学的にやられると、人間の感情とか感動も再構築されて、また違うものになってしまうような気がするー。理論や理屈を超えた何かって絶対あると思うんですけどーー。

それと、この方は技術的に本当に困ったことがないんでしょうね。小学校高学年の頃からバッハの平均律を弾いてたり、中学2年の時にはツェルニー50番をもうやらない宣言をしてみたり、きっと元々才能があったんでしょう。才能があって、生まれながらにピアノに向いた手をしていて。でも、一般人にとって技術的な問題はもっと大きいはず! 誰もがピアノに向いた手をしてるってわけじゃないんだし。ここまでくると、いくら問題点を頭で考えるとは言っても「それ以前の問題なのよー!」と言いたくなる人、多いんじゃないかしら、と思ってしまいます。(それはワタシか)
などと言いつつも、色々勉強になる本ではありました。プロのピアニストがここまで自分の手の内をさらけ出して書いたというのが、何よりもまず凄いことだと思いますしね。いくら科学的に楽曲を分析をしていても、演奏した時にそれを聴き手に感じさせなければいいわけだし。そこまで1つ1つの曲を自分のものになさってるということなんでしょう。

以下は本文からのメモ。

数字が書いてあるものは章や段落のタイトル、それ以外が抜き書きや要約です。

I章 グランプリまでの道のり(省略)

II章 曲を仕上げる手順
 1.音源は聴かない
 2.楽譜の収集
 3.演奏機会を得る
 4.楽譜を読んで分析する
   楽譜を読んで分析するのは、自分で感じて感動していることの理由を哲学的に考えるようなこと
   楽典、ソルフェージュ、和声法、対位法、楽式論、音楽史などの知識が必要
   曲の形式と調性を調べ、和声、動機、リズムを分析する
 5.分析の実践
 6.指使いをピアノなしで決める
   バスの音は常に5の指で響かせ、その響きの中に他の音を溶かすように弾く
   同じ動機、同じ音型は、可能な限り同じ指使いにする
   メロディはなるべく片方の手で演奏する
 7.さあ、ピアノで練習しよう
   何度も通して練習するのではなく、弾けない部分、響かない部分だけを取り出して集中的に練習する
   分析した和声が間違っていた時は、その部分が複雑で音楽的に捉えにくいということ
   暗譜するためには、変化している部分を比較し、理由を考え、納得して覚えることが重要
 8.仕上げ
   ピアノの指導者に求めることは、楽曲の意味を理解し、それを音にすることを教わること
   レッスンに行く目的は、自分の楽曲解釈能力を高めること
   効果的なレッスンを受けるためには、事前に自分の演奏を録音して聴き、修正することが大切
 9.いざ、本番

III章 曲のスタイルは3種類
 1.メロディーと伴奏型
   旋律とバスのラインのバランスを取った上で、内声部の和音がその響きの中に溶け込むのが基本
 2.対位法型
   いくつかの声部を対等に歌わせる
 3.和音型
   分散和音を線で表現するだけではなく、アルベルティ・バスのときと同様に同時和音化する
   旋律とバスの響きのバランスを取りつつ、和音の変化ごとに音程の近い音同士を連結する揺らぎを表現
 4.「メロディーと伴奏型」「対位法型」「和音型」の混合型
 5.変奏曲形式によるまとめ

IV章 陥りやすい罠(省略)

V章 弾けない時の処方箋
 1.テンポと拍子
   頭の中に指揮者が不在だと、全てが強迫として演奏され、身体に無駄な力が入りやすい
   結果的に第一拍の前拍が常に短く、速度が増し、演奏が困難な場所で崩壊しやすくなる
   拍子は小節単位だけではなく、曲によっては1小節全体が1拍で4小節で4拍と捉える作品もある
 2.弾かない指の脱力
   細かな動きは指先だけの運動となるが、それ以外では手首や腕全体の運動で打鍵する方が良い場合が多い
 3.指の関節
   関節の自然な硬さを利用して弾く
 4.勢いより和声
   弾けないパッセージは一本調子になりやすく、勢いをつけようとすると音量も大きくなりやすい
   力づくで練習することによって全てが強拍となり、無駄な力が入り、指も動きにくくなる
   その場合は、和声進行を考えて緊張と弛緩、微妙な強弱を考えると良い
 5.遠くに飛ぶ音
   大ホールで音が通るピアニストと通らないピアニストの最大の違いは打鍵
   鍵盤に指を置いた状態で打鍵すると、鍵盤が下がりきった時の衝撃が筋肉にまで直接伝わり疲労する
   鍵盤から指が離れた状態から打鍵すると、指先が鍵盤に当たった瞬間の衝撃のみで済む
 6.ポジションと指使い
   速いパッセージだと、指を捻ったりくぐらせたりするのは困難
   それなら、手全体を素早く左右に平行移動させる方が良い
   演奏の容易な音階とそうでない音階があり、それは作品の難しさに反映される
   パッセージが弾きにくい時は、ポジションの問題をチェックすることで解決可能となる場合が多い
 7.歌ってなぞる
   物理的に弾けるが音楽的に弾けない場合は、まず自分で歌ってみて、それをピアノで真似てみる
   対位法的な作品の場合でも、歌ってなぞるのはとても効果的
 8.メゾピアノは、フォルテ? ピアノ?
   曲中での頂点と最も沈潜した部分の音量を決め、他の部分を相対的に決めていく
   ppの部分の伴奏を最低音量に設定し、そこからバスラインやソプラノラインが浮かび上がるようにする
 9.ペダルのこと
 10.曲の性格は調性で
   シャープが増える、フラットが減る…明るい色が増える、軽やかになる
   シャープが減る、フラットが増える…曇る、暗くなる、冷える、弛緩する、暗い色が増える、重くなる
 11.腱鞘炎になったら

VI章 練習の常識・非常識
 1.リズム練習はやらない
 2.ハノンやチェルニーなんか嫌い
 3.速く弾くにはゆっくり弾く
 4.微妙に異なる音高と強弱をイメージする
   メロディーの音程を少し高めにイメージする
   これは対位法的作品の内声にメロディーがきた時はもちろん、メロディと伴奏型の曲でも有効
   息の長いメロディの場合、次の打鍵までにクレッシェンドのイメージを持つとメロディーが滑らかになる
 5.ピアノを弾かないで練習する
   楽譜を見ながら頭の中で音楽を鳴らすことにより、新たな音楽的意味や譜読みのミスが見つかることも
   楽譜を見ないで頭の中で鳴らすことができれば、本番の時に暗譜が飛ぶことはあまりない
 6.ピアノ曲以外のトレンドをぬすむ
   例えば四声は弦楽四重奏を1人で弾いているようなもの
   ピアノで音楽を表現するには、あらゆる楽器編成の音楽に通暁している必要がある
   管弦楽法を少し勉強すると、どの旋律がどの楽器に適合しやすいか分かり、イメージを表現しやすくなる
 7.留学なんかできないけれど
 8.楽譜の指示を守ると個性が生まれる
   楽譜の指示を守ることは正しい文法で文章を書くようなこと、無味乾燥な表現になるわけではない
   楽譜の指示を守って演奏するほど表現は多様になり、そこにはあらゆる自由が広がる
 9.ピアノ技術の習得
   練習中には様々なことを考えるべきだが、演奏中は何も考えてはいけない
   弱い指の音量から逆算して強い指の音量を決める
   これによって指の柔軟性、運動性、独立性が得られる、大きな音を出すのはそれからで十分
   打鍵する時に指先のどこが鍵盤に当たるのか意識する …右手なら指の中央からやや左側、左手は逆
 10.理論、音楽史、楽譜について
   音楽理論を勉強することは、作曲家の文法を学ぶこと
   しかし楽典や聴音などについては普通に学習すればよいが、和声法の学習は困難であり時間がかかる
   「和声と楽式のアナリーゼ」島岡譲(音楽之友社)
   「総合和声 ー 実技・分析・原理」島岡譲他(音楽之友社)
   「和声の分析」外崎幹二(音楽之友社)
   「大作曲家の和声」ディーター・デ・ラ・モッテ(シンフォニア)

VII章 ピアノから広がる世界(省略)

*演奏する際にまず意識すべき要素
  横(旋律線)、縦(和音)、拍子、リズム、テンポ、音色、音質、速さ、音量、構造、調性

*守るべき楽譜の指示
  拍子、音の高さ、音の長さ、休符、強弱、アーティキュレーション、標語、テンポ
  アルベルティ・バスの基本表現・モチーフの基本表現
  3つの型(メロディと伴奏型、対位法型、和音型)の基本表現、和声フレーズ(終止)の基本表現
  調の揺れの基本表現、時代様式、民族的な趣味の原則

*跳躍のための10カ条
  多声的な感覚
  同時音の意識
  音価の正確さ(前後の音符の長さが実際よりも短くなっていないか)
  指の垂直性
  音は指で繋げるのではなく、ペダルと耳でつなぐ
  両手が同時にポジション移動しないように指使いを考える
  ポジションの前後の位置、黒鍵の有無、両手の前後のポジションの組み合わせのチェック
  手首の左右の曲げ方のチェック
  音量のチェック

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